カシャン、と音を立ててフェンスの網に指を掛けた。
フェンスを隔てた向こう側には練習している野球部の姿が見える。
キン、と良い音がしてボールが飛んでいくのも見えた。綺麗に上がったフライを、すぐ下でミットを構えていた部員が捕る。
守備の練習中らしい。
は心の中のもやもやを吐き出すかのように、大きく溜息を吐いた。
どうしても、彼のことを、探してしまう。
どうしても、彼のことを、目で追ってしまう。
どうしても、彼のことを、好きで堪らなくなってしまう。
届かないなんて、分かりきってるのに、思いが断ち切れない自分がいる。一歩を踏み出そうとして、やっぱり怖くてすぐに立ち竦む自分がいる。
もう一度、小さく溜息を吐いた。
フェンスに掛けていた指を、名残惜しげにゆっくりと離す。
どうして、山本くんなんだろう。
・・・・・・どうせならもっと、望みのある恋がしたかった。頭の片隅で、そんなことを思う。
楽しげに練習を続ける山本くんの姿を視界に入れないように、前を向いて歩き出す。
また、探してしまわないように。
また、目で追ってしまわないように。
既に脳裏に焼き付いてしまった、山本くんの姿を何度も何度も、無理やりに掻き消す。
思わず立ち止まって頭を勢いよく振っていると、の視界に白いものが過ぎった。ところどころ土で汚れたそれは、一度地面で跳ねると急に失速し、
何メートルも飛ばないうちにころりと転がった。
「お、、ボールとってくんね?」
地面に留まった硬球を拾おうと歩き出したは、突然掛けられた声にびくりと震える。顔を見なくてもすぐに分かってしまう。
やまもと、くん。そう意識したとたん、急に顔が熱くなる。心臓が激しく音を立てて、硬球を拾う手ですらも震えて上手く動かせない。
何度か指先に当たっては逃げていってしまう硬球を、震えた手で漸く拾い上げると、少しだけ深呼吸をして、ゆっくりと振り返った。
きっと、赤い私の顔は、夕焼け空が隠してくれる。
「投げる、よ」
それはもう、ぎこちなく紡ぎ出された言葉に、情けなくなる。山本くんはそれに気付いているだろうか。
いや、きっと鈍感な彼なら気付いていない。その証拠に、笑顔でおー!と返事をしてくれた。
力一杯に投げたボールは、フェンスを越えるぐらいのギリギリの高さで向こう側に渡る。
山本くんはそのボールを器用にキャッチして、ニッと笑った。
「サンキュ、」
そう言うと、彼はすぐに踵を返した。その後姿から、私は暫く目を離すことは出来なかった。
もう目を逸らすことは出来ない
(20080228)
お題提供;ふりそそぐことば