、悪いけど今日、一緒に帰れなくなった。」


「・・・・・・何で?」


彼は申し訳なさそうにそう言った彼の言葉に、はムッとして眉を寄せた。
約束したのに。そうポツリと呟くと、梓はバツが悪そうに頭を掻く。


「・・・ごめん」

「梓はさ、いっつも、野球優先だよね。」


分かってるよ、野球だって大事なこと。いつもいつも、私のことだけを構っていられないこと。 私のことを十分大切にしてくれてることだって、分かってる。わかってるけど、野球野球って言われると、どうしても悲しくなって。
梓が野球に取られてしまう気がして、

どうしても、もっと構ってほしいって、思ってしまって。


「ごめん、な」

「・・・・・・もう、いいよ」


欲張りでわがままなのは、いつだって私の方だ。そんなの自覚してる。 相手が困ることを知っていて、それでも私は膨れっ面のまま、踵を返した。 は少しだけ瞳を潤ませながら、彼に背を向けて数歩歩き出す。何だか、泣きそうだ。 困らせたくないのに困らせてしまう。それだって私は自覚していた。

不意に後ろから腕を掴まれて、ぐっと引き寄せられる。急なことでバランスが取れずに彼の胸に飛び込むような形になってしまった。 そのままバフッと胸元に頭を押し付けられて、ギュッと抱きしめられる。抗う理由なんか無くて、はされるがままになっていた。


「ごめん」


梓は、拗ねた私を宥める方法を、知っている。

分かってるよ、分かってるけど、我侭が言いたくなるの。



「ごめん、ごめんね梓。困らせて、ごめん」


梓の腕に力が篭って。そして頭を、ぐしゃぐしゃにかき回されて。


「・・・真っ直ぐ、家に帰れよ。寄り道とかすんなよ。」

「うん」


幼い子供を心配する親のような言葉を掛けると、彼はするりと体を離した。 私の目元に浮かんだ涙を見て、梓は苦笑いして。制服の袖で、優しく拭う。


「じゃあ、また明日な。」


ポンポンと、頭を二度叩くと梓は私から離れていった。


やさしいサヨナラ


(20050724 前サイトのもの)(20070922 修正・再アップ)