机の隅で丸まっているは、机の上をなぞる様にして尻尾を左右に動かした。
本人曰く、動かすつもりは無いが気が付いたら動いてしまっているらしい。
「ねぇ、ビクトール。昨日フリックからちょっときいたんだけどさ、私を拾う前に捕虜連れてきたんでしょー?」
「ああ、フリックがお前拾ってくる二日前にな、ハイランドのユニコーン少年隊の一人を拾ったんだ」
「それってもしかして、あの急流のところで?」
の一言に、ビクトールの眉がピクリと動く。そして無精ひげをじょりじょりとさすった後に、小さく呟いた。
「・・・よく分かったな?」
「だって私、丁度ハイランドに居て、ユニコーン少年隊が急襲を受けたってきいて確認しに行ったから」
「なっ・・・!?確認しに行っただぁ!?何してんだお前!」
「そんなに怒鳴らないで!だって気になったんだもの。休戦協定を結んだばかりなのに、本当に都市同盟は急襲をかけたのかなって・・・
手掛かりは残ってなかったけど・・・。」
「つーかお前は何で川に落ちたんだよ?」
「・・・足、滑らせた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
「何その溜め息。なんかムカつくなぁ・・・」
は丸めていた体の上半身を起こすと、不機嫌そうに大きな瞳を細める。そんなの頭を、
ビクトールがぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「ったくお前はホント変わんねーなぁ!」
「ちょっ・・・やーめーてー!!」
*
ビクトールの元から逃げて部屋を飛び出したは、のんびりと砦の中を闊歩していた。
ここに来て一日目のときこそ、見覚えの無い黒猫に容赦なく無数の視線が集まっていたのだけれど、
いつの間にかフリックが猫を拾ったという話が広まっていたらしい。
今日は特に気にされていないようだ。体は猫でも中身は人間であるにとって、無駄に構われないことはありがたかった。
倉庫や鍛冶屋のある地下まで降りると、バーバラがすれ違いざまに立ち止まり優しく頭を撫でた。暫くしてその場を離れると、
今度は傭兵になってまだあまり日の経ってなさそうな若い青年?に遭遇する。
その彼の傍には、まだあどけなさの残る少年が立っていた。二人ともあまり歳は変わらないのかもしれない。
少年の腕は細く、しかしそれなりに筋肉は付いているようだ。何か武術でもしているのだろう。
「リオウ、それじゃあこの布で床を磨いていくれ」
リオウと呼ばれた少年は、薄汚れた布を受け取ると傭兵に向かって明るく返事をする。どうやら元気な子らしい。
傭兵の格好をしていないリオウは恐らく、ビクトールが先程言っていた捕虜だろう。じゃなきゃ、床の油を拭いていく
なんて雑用、かなりの下っ端じゃない限りはしないだろうし。がリオウの後について行くと、
それに気がついたリオウがにっこりと笑った。
ふわりと小さく風が起こって、の頭を撫でる。
少し油の臭いがしたけれど、喋る訳にはいかずにグッと堪えた。後でビクトールにでも洗って貰えばいい。
とりあえず素直に撫でられる気持ちよさに浸ることにする。
暫くして頭に掛かる重みがなくなると、はゆっくりと瞳を開いた。
「じゃあね、黒猫さん」
リオウは再びにっこりと微笑み、最後にもう少しだけの頭を撫でると、踵を返して歩いていった。
何だかとても、やさしい子らしい。
はリオウの背中を見送った後、恐らく自分が飛び出したときのまま半開きになっていたドアの隙間に、体を滑り込ませた。
私の体ももうそろそろ回復を終えて元に戻る頃なのだ。外に出るといろいろと厄介なので、とりあえずビクトールの傍に居ることにした。
「戻ってきたのか?」
部屋に居たのは、ビクトールではなく、フリックだった。これは予想外。
「部屋を出て行くのを見たからな、暫くしたら戻ってくるだろうと思ってドアを開けておいた」
「うん、ありがとー!私はついさっきリオウくんに会った、よっ」
喋りつつテーブルの上に飛び乗ろうとして、急にバランスを崩す。視界がグラグラして、体の重さが急に変わって、
「うげっっっ!!!!!」
突然人間に戻ったは受身が取れず、目の前にあった机の角に彼女の腹がクリティカルヒットした。
あまりの痛みに、のた打ち回る。
その一連の出来事を、フリックは呆気に取られた様子で見ていた。
何の前触れもなく変化した彼女は、のた打ち回るのを止めて蹲り、襲い掛かる鈍痛に耐えているようだ。
そんな状況の中、ビクトールがひょっこりと姿を現す。
「お?!元に戻ってんじゃねぇか!」
「・・・・何も・・・今、戻らなくても・・・」
は今にも死んでしまいそうなか細い声を出し、ヨロヨロと立ち上がる。
フリックは未だに呆気に取られたままを見ていた。それを見かねて、彼の目の前で手を振ってみると漸く視線が合う。
彼の空色の瞳を覗き込むと、何度か瞬きをした後に見つめ返された。
「・・・フリック、大丈夫?」
「あ、ああ・・・」
「ごめん、いつも突然に戻るの。こっちがホントの姿だから!・・・慣れてね?」
は未だに痛む腹をさすりながら、小さく笑った。