青年が向かった先は、彼の寝ていた部屋のすぐ隣。一回り以上広い部屋だった。
奥にある暖炉が、パチパチと音を立てている。
その右脇に、ボサボサ頭の男が立っていた。どうやら書類を眺めているらしいが、難しい顔をして無精ひげをさすっている。
その顔には見覚えがあって(見覚えがあるどころか良く知っている!)、青年の腕を軽く蹴って飛び降りた。
無精ひげの男の足元に纏わりつくとあからさまに鳴き声を上げた。もしかしたら、気がつくかもしれない。
何せ彼は、五年前に私を唯一信じてくれた人なのだから!
に気がついた男は、脇の辺りを持ってゆっくりと抱き上げる。
「お、昨日の猫か!気がついたんだな」
「ああ、もうすっかり元気になったみたいだ。俺の腕から飛び降りるくらいだからな」
「・・・・・・お前、嫌われてんじゃねーのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
青年は、ビクトールと呼んだ男を少々引き攣った顔で睨み付ける。ビクトールはを机の上に降ろすと、軽く頭を掻いた。
「フリック、お前も冗談が通じねぇなぁ!」」
五年前とまったく変わらない、豪快な笑い声。はビクトールの顔を見つめた。
お願いだから、気が付いて・・・!
「しかしなぁ・・・この猫、どっかで見たことあるんだよなぁ・・・」
「何だ、知ってる猫か?」
フリックと呼ばれた青年が近づいてくる足音がして、振り返る。
そして再び視線を戻すと、ビクトールが食い入るようにを見ていた。心なしか、さっきよりも顔が接近しているように感じる。
若干引き気味に首を少し後退させると、今度は軽く頭を掴まれた。
うぅ・・・いい加減気づいてよー!!
視線に耐え切れず、痺れを切らしたは遂に手を出した。必殺・猫パンチ!!
目にも留まらぬ速さで、ビクトールの顔にパンチが叩き込まれる。
「痛ってぇ!!」
ビクトールは勢い良く倒れこんで、床にのた打ち回った。そんな様子を見てフリックが笑いを必死にかみ殺しながらも、
お前のほうが嫌われてるんじゃないのか?といった。そして漸くのた打ち回るのをやめたビクトールの傍に立つ。
動かなくなった彼を暫く観察していると、急に起き上がってを抱き上げた。
「思い出したぞ!お前っ!だなぁ!?」
「うわっちょっ・・・・・・やーめーてー!」
「久しぶりだなぁ!何年ぶりだ?」
「ごっ・・・五年ぶり・・・。あの、ビクトール・・・酔うから揺さぶらないで・・・」
突然の展開についていけないフリックは硬直していた。それも仕方の無いことだ。
なんと言っても、目の前には人語を話す猫と普通に接しているビクトールがいるのだから。
暫く呆然と立っていたフリックだったが、ふと我に返る。
「お、おい、ビクトール?その猫、何で・・・」
「お?ああ、紹介するぜ。コイツはフリックだ。ここで一緒に傭兵やってる」
「あ、あの・・・です!」
ユリィはビクトールの腕から飛び降りて机に乗る。ぴん、と真っ直ぐに伸びた尻尾は彼女の緊張を表していた。
「フリックさんは命の恩人です!助けてくださって本当に有難うございます!!」
「あ・・・ああ、それは別に・・・」
「それで、その・・・。私が何で人語を話してるか、とかは、信じてもらえるかは分かんないですけど・・・」
「、それは明日か明後日になれば分かることなんじゃねぇか?」
「うぅ・・・でも・・・」
真っ直ぐ伸びたままだった尻尾が、ふにゃりと弧を描いた。
「コイツは超特異体質でなぁ・・・何でかは知らねぇが、極端に疲れたりだとか酷い怪我を負ったときにこんな風に猫になっちまうんだ。
俺も最初は信じられなかったんだが、目の前で猫になっちまわれたときは、もう信じるしかねぇからなぁ」
フリックはビクトールから与えられた情報を整理することに頭が一杯で、少々視線を泳がせながら考えた。
「じゃあ・・・元々は人間、なのか?」
「そうです。でも、私一度猫になっちゃうと体力の充電が必要らしくて、元に戻るのには2・3日掛かるんです・・・。」
「元々世話するつもりだったなら暫くコイツは置いてやっててもいいだろ?五年前に一緒に旅したよしみで、俺からも頼むぜ」
「迷惑は掛けませんからよろしくお願いしますー!」
「え?ああ、別に構わないが・・・」
「、人間に戻ったら働いてもらうからな?」
「はーい・・・」
が返事と共に、前足(いや、手、か?)の片方を上げる。見ているだけならかなり微笑ましいのだが、
あの中身が人間となると・・・。フリックは頭を抱えた。ハイランドからの捕虜を連れて来たと思ったら、今度は猫娘か・・・。
更なる問題がひとつ増えてしまったことに、小さく肩を竦めた。