ドッと体に衝撃が走って、は飛び起きた。
どうやら自分の目線から見る限りでは、真っ白な布を被せられた――これは、ベッドだろう。そこから、落ちたらしい。 自分の体から数秒遅れて厚手の布も落下した。それは見事に体全体を覆い、視界が遮られたは無理やりに身を捩って脱出することに成功した。

押しのけた布を尻目にふう、と息を吐くと、少し上を見上げる。

まだ少し薄暗い朝を迎えた今、変わらず猫の体だが、意識はハッキリとしていた。 ベッドに軽く飛び乗ると、キシ、と小さく軋む。ちょこんと座り込んで目の前に寝ている男性の顔を眺めた。

深めに被ったシーツから綺麗な顔が覗き、小さく寝息を立てている。顔には凝視しないと気づかないほどに薄い傷跡が幾つかあった。 サイドボードに立てかけてあるものを見る限り、彼は剣士だろう。無意識のうちに尻尾を揺らめかせる。
これから、どうしようか。
先ほど自分の視界を激しく遮った布は、恐らくつい先ほどまで私を包んでいたものだろう。そして、建物の中にいるということは、 自分は彼に助けてもらったのだ。
助けてもらった以上は、お礼がしたい。しかし猫から人間に戻ったところで、信じてもらえるとは思えない。

・・・5年ほど前にひとりだけ、私を信じてくれた男の人がいたけれども、あの人は今どうしているだろうか。 行く先を違えた日から、一度も顔を見ていない。
ふと、豪快に笑っていたあの人を思い出して首を振る。今は昔話に浸っている場合ではないのだ。
どうしよう。この人には、信じてもらえるだろうか。気難しい人なんだろうか。あの人みたいに、話せば理解してくれるだろうか?

・・・どれも、彼と実際に接してみなければ分からない。
とりあえずは目の前で眠る男が目を覚ますのを待つことにした。

手足を折りたたみ、体を丸めてうずくまる。まだ、夜が明けたばかりなのかもしれない。 鳥の囀りは時折聞こえるものの、空はまだ若干薄暗いような気がした。陽が出ている最中なのだろう。 は小さく欠伸をする。
彼が起きるまでにもう一眠りくらい、出来るだろうか。再びうつらうつらし始めた瞳を閉じて、ふかふかの前足に顔を埋めた。




*




ベッドが小さく軋む音がして、耳がピクリと反応する。
軽く瞼を持ち上げると、青年が此方を見ていた。優しげな表情だ。が起きているのを知ると、頭をゆっくり撫で上げる。 そんな彼の行動が心地よくて、小さく鳴き声を上げた。
本当はこの姿でも言葉を喋ることは出来るのだけれど、彼にはまだ事情を話していないし当然怪しまれるのは分かっている。

未だに撫で続けてくれている彼の手に擦り寄る。
さて、どうしたものか。


一度猫の姿になると、体の疲労が消えて体力も回復するまで、元には戻らない。大抵は2・3日程度で人間に戻るのだが、 出来れば彼の目の前で元に戻るのは避けたい。いや、その方が好都合なのか?


そこまで考えたところで、はひょい、と抱え上げられた。一瞬驚いたものの、下手には暴れない。 暴れたら容赦なく床に叩き付けられるだろうし、痛いのは避けたかった。


溜め息を尽きたい衝動に駆られながらも、は大人しく彼の腕の中に納まっていた。